ヒットの法則を語る。堀江貴文×いきものがかり・水野良樹対談

2017.11.11 14:07 更新

読了時間:13分18秒

【対談】堀江貴文×いきものがかりのリーダー水野良樹が語る「音楽の力とは」

毎回、各分野のトップランナーをゲストに迎え、堀江氏独自の視点でさまざまなテーマを深掘りする、スタディサプリLabのイノベーション×クリエイティブコース。

第2回のゲストは、いきものがかり(現在放牧中)のリーダー・水野良樹氏。

どうしてみんな東京を目指すんだろうって思っていました

堀江:スタディサプリのことは知ってますか?

水野:存じています。
実は僕、仮面浪人(大学に入学・在籍しながら他大学・他学部受験を目指す)という受験生活を送っていました。朝バイトして、予備校代を稼いでいたのですが、講座を取るのがすごく大変で。
当時スタディサプリがあったら、すごくよかったなって思いました。

堀江:一橋大学ですよね。思い入れがあったんですか?

水野:同級生には悪いのですが、一橋自体に大して思い入れはなくて(笑)。
社会学部に入りたくて、受験の冊子で探したら、都内で一番上にあったのが一橋だったんです。
それで目標にしてしまったのがスタートラインで。
中学や高校の時にいろんなことを中途半端にしてきたので、一度は自分の立てた目標を達成したいという当時の青臭い考えで頑固にやったというだけです。

堀江:中途半端にしてきたことって?

水野:中学まで野球をやっていたのですが、14歳でやめているんです。顧問の先生に「後輩を殴れ」と言われて、反発して。

堀江:僕らの頃は水も飲めなかった時代ですから、普通に体罰的なものはありましたけど、まだあったんですね。

水野:僕らも水飲めなかったです。ギリギリの世代ですね。で、好きではじめたものさえも、最後までできないんだと失望しました。ショックでした。

堀江:高校では何をはじめたの?

水野:高校で音楽をはじめたのですが、神奈川のアマチュアバンドの大会に出ても準決勝止まりとか。ドラマチックでも何でもなくて、本当に小さな失敗、中途半端なことばかりで。それで一つくらいはしっかりやり遂げよう。最後になんか挽回したいなって思ったんです。

堀江:神奈川の厚木で単独ライブやりましたよね。それって何歳のときですか?

水野:2003年に地元のライブハウスで、はじめてワンマンライブをやりました。20歳くらいですね。

堀江:高校の同級生とですよね。一橋に行っても、バンド活動は続けていたんですか?

水野:そうですね。いきものがかりは高校時代にはじめていたので、どこの大学に行くにせよやろうと思っていたんです。

堀江:それも何か珍しいですよね。
東京に近かったせいもあるのかな。僕は※GLAY(グレイ)の人たちと仲が良いのですが、彼らは高校卒業と同時に東京に行くぞとなって、一緒にやっていたベースと別れるんですよ。
ベースだけ親に反対されてそのまま高専に通い続けるからって。
それで3人で東京に行って、ベースどうする、後輩にJIROってのがいるらしいよとなり、今のGLAYができた。そういうドラマがないね。 ※【INFO】GLAY…北海道出身の4人組ロックバンド。1994年のメジャーデビュー以降、CD売り上げ、ライブ動員数などの日本記録を更新。メンバーは、TERU(ボーカル)、TAKURO(ギター・キーボード)、HISASHI(ギター)、JIRO(ベース)。

水野:ないですね。恥ずかしいですが、3人の信頼関係が結構強くて。ボーカルの吉岡は音楽大学に入って、ミュージカルやってたんですよ。
そこで先生に割合叩かれたんです、歌い方がなってないみたいに。大好きなだけで歌っていたのが、急にお勉強になってしまって。
もう歌いたくない、路上ライブ出たくないってなっちゃったんですよ。

堀江:なるほど。

水野:その時に男2人はちゃんと待ってました。他のシンガーを探すとか、違うバンドでやろうとかはなく。この3人でやろうというのが、最初からあったんです。

堀江: GLAYのリーダーのTAKUROさんと話した時に気づいたんですが、バンドの成立物語って、ベンチャー企業がでかくなっていくときと全く一緒なんですよ。
どうやってメンバーを集めて、どういうドラマがあって、ビジネス的にどういうことがあってとかが。メジャーになっていくのが、会社が上場するのとすごく似ている。

水野:えーおもしろいですね。似ている部分というのは、だんだん大きくなるストーリー性が似ているんですか?それともTAKUROさんを補佐する人がいてとかの、キャラクターの配置とか?

堀江:キャラクターの配置もそうだし、リクルーティングもそう。うまくいったバンドって、うまくいったベンチャー企業の軌跡と重なる部分が結構あるんですよ。HISASHIさんをどうやってリクルーティングしたんだろうとか、なんでTERUさんがボーカルやるようになったんだろうとか。もともとドラマーですからね、あの人。

水野:あ、そうなんですか。

堀江:どうやって TERUさんが歌の上手いことに気づいたんだとか。HISASHIさんとTAKUROさんはどっちもギタリスト。
でも、HISASHIさんを見て敵わないと思ったTAKUROさんは、リードギターを譲るわけですけど、それを15、6歳で判断して、俺は裏方に回るぜってすごくないですか?
その時期って俺が俺が、前に前に、でしょ。そういうドラマがベンチャー企業の成長の軌跡と似ている。売れたバンドにはみんなが応用できる共通点があるんですよ、きっと。
で、いきものがかりは、どうなのかなって?

水野:なるほど。まず当時よく言っていたのが、東京を目指さないってことでした。
バンドやるとき、下北、渋谷、高円寺のライブハウスからキャリアをスタートさせるグループが多くて。そこに何があるかというと、レコード会社の人が来ていて、客も集まりやすいんです。だけど東京に集まっている人たちは、みんな上手い。
個性も強い人ばっかり。ここでは勝てないだろうって思いました。
でも僕らには地元の海老名厚木という片田舎にコミュニティーがある。
知り合いも友達もたくさんいる。ここだったら客も集められる。
あえて東京に出ないで、厚木の地方のライブハウスで話題を作れば、東京の人が見にきてくれるんじゃないかなと思っていました。

堀江:すごいなぁ。それは何歳くらい?

水野:ちょうど20歳くらいです。
いろんな活動をするときにコミュニティーのある地元のほうが助けてくれる仲間がいるんですよね。
ライブをするにしても、ボランティアをしてくれる友達がいたり。
東京に行くとそういうのを一度断たないといけないですよね。
それに東京だと音楽目指している人だけのコミュニティーになっちゃうので、実はすごく狭い。社会と繋がっていないんです。

堀江:なるほど、なるほど。そんな分析してたんですか。

水野:なんでみんな東京行くんだろうって思っていましたね。当時のライブハウスって、ライブハウスについているお客さんなんですよ。
道を歩いている人はライブハウスには入ってこない。行ったこともない。インディーズのバンドは、そのライブハウスの小さな中でお客さんを取り合っているんです。
これでは何も広がっていかない。僕らは路上ライブからスタートしたのですが、ライブハウスに来ていない人にアピールして、ライブハウスに来るのが初めての人でライブハウスを埋めようって意思はすごくありました。
それはうまくいったかもしれないです。

堀江:うーん、すごい。いいと思います。他の人はあんまりやってないですよね。

水野:そうですね。近所にはいなかったですね。

堀江:だいたいみんな東京行きますもんね。

愛されることの大切さ

堀江:「才能があったからうまくいった」ということもあるわけじゃないですか。そこはセンスですか?

水野:センスはないとダメだと思っています。

堀江:でもセンスがある人って一定確率で出て来るわけですよね。その中から、どうやってボーカルの吉岡さんを見つけたんですか?同級生の妹ですよね。

水野:それは自分でもわかんないです。もう一人の山下は小学校の同級生ですし。

堀江:ずっと同じクラスじゃなかったんですよね。

水野:全然違いました。
それはもう不思議としか言いようがないです。
ただ3人が合わさることによって、うまくそれぞれのセンスや才能が磨かれていったというのはあったと思います。同時代の同地域で育っていたので、価値観の形成が3人とも似通っているんですよ。
だから音楽のことでぶつかることはなかったですね。

堀江:僕は売れてない人もいっぱい知っているんですけど、技術的にはメジャーなアーティストとそんなに差があるようには見えないんですよね。
曲もよかったりする。それってどう思います?

水野:売れるバンドと売れないバンドの違いですか?
全然わかんないですけど、あえて答えるなら「音楽だけが価値判断の理由になっていない」というのはあると思います。
例えば親しみやすさとか、どれだけ音楽を聴きやすい状態にライブを構成しているかとか。単純に考えると、お客さんはライブに来て、この曲はいいか、悪いかだけを判断していると思うじゃないですか。
でも実際はそこに来るまでの過程だったり、そのライブでMCが話している言葉だったり、アーティストの見立てであったり。
そういう総合的なもので判断されていると思うんですよね。それは路上に立っているときにわかりました。路上ライブはすごく冷酷なので。

堀江:冷酷でしょうね。それは路上ライブのお客さんとのインタラクション(相互作用)とかで気づいたんですか?

水野:たまに高校の制服でやると、お客さんは安心して見ることができるようでした。それと最初僕らは男子2人ではじめたのですが、男子2人だとお客さんは女性しか集まらないんです。曲が同じでも。考えれば当たり前ですよね。

堀江:あー、まぁそうだね。

水野:そこに女の子が入ると、老若男女、さまざまな人たちが集まるようになる。単純に吉岡の歌が上手いということを超えて、客層が変わっていく。
路上に立っているときに、自分たちがいいか悪いかは音楽だけで判断されていないと気づいたんです。

堀江:僕は音楽の専門家ではないからわからないんだけど、高校の時点で例えば吉岡さんくらい歌が上手い人っているんですか?

水野:います、います。技術レベルでいったら、それくらいの層の人はたくさんいると思いますよ。そこからスタートして伸び上がるかは違いますけれど。吉岡もだいぶ変遷があるので。

堀江:そうですよね。で客層を考えて、女性を入れようと思ったんですね。

水野:当時ゆずが流行っていて、街なかに立つとゆず(男2人)のコピーをしているグループが7組くらいいて、しかも、みんなモテたいって顔してて(笑)これじゃ恥ずかしいし、目立てない。
近所の駅では男女混合グループはいなかったんですね。
真ん中に歌の上手い女の子を入れたら客層広がるんじゃないかって高校生なりに考えて、それで探したら吉岡がいたんです。

堀江:他と違うことをやろうと思ってはじめたら、幅広い客層が集まりだしたと。

水野:そうですね。それと昔の曲のカバー、※「恋におちて」とかの歌謡曲を高校生がやるとおじちゃんたちが止まってくれるんですよ。
※【INFO】「恋におちて -Fall in love-」…1985年リリース。ドラマの主題歌となりミリオンセラーを記録。

堀江:止まるでしょうね。

水野:当時はCDバブルで、音楽好きな人が今よりもたくさんいました。いろんなジャンルにコアな人がいて、自分は人と違うということを主張する人ばかりだったんです。
でも、ど真ん中のみんなが聴く曲のところが空いているって思ったんですよ。
自分たちは技術も才能もそんなにないだろうと思っていて、コアなファンに合わせるよりも、目の前を通過している人を捕まえられる「普通」を目指そう、そこでなら生き残れるかもしれないと思っていました。

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